1751LAB 企画開発研究所

PROJECT

1×1=∞ 伝統工芸から先端技術、原料から製品まで、LABとのコラボによる化学反応を目指した企画に取り組んでいます。人と人との想いもコラボしたスペシャルプロジェクトです。

大島紬 ~VOL.1~

 1300年の歴史ある最も精巧で緻密な織物として、ペルシャ絨毯、ゴブラン織と共に世界三大織の一つとされている大島紬(おおしまつむぎ)。日本を代表する織物です。世界でも類を見ない大島紬の染織を可能にしているのは、最先端の機械や技術ではありません。伝統技術をもつ専門特化された職人たちが30~40もの工程を分業することで大島紬はつくられます。まさに、古より人から人へと伝わり受け継がれてきた技術と意志が大島紬の染織を可能にしているのです。

1300年続く伝統染織

1300年続く伝統染織 イメージ

 冒頭でも述べましたが、日本最古の伝統染織である大島紬。その歴史はなんと1300年になります。平城京に遷都された奈良時代(710年~793年)以前から手紡ぎ糸で褐色の紬がつくられていたといわれており、奈良東大寺や正倉院の献物帳に「南島から褐色紬が献上された」との記録が残されています。また朝廷への往来も頻繁にされており、その際の貢物として褐色紬が献上された歴史もあるようです。古くより最高級品として扱われてきた大島紬をつくる上で最も重要な工程の一つに「泥染」があります。実はこの泥染こそが〝南国からの褐色紬〟として1300年の伝統染織を支えるものなのです。

 泥染めと聞くと「泥で染める?」と思われる方も多いと思いますが、泥染とは主にテーチ木染めとセットになった染色方法です。テーチ木とは車輪梅(しゃりんばい)の奄美地方の方言で、亜熱帯地方に自生しているバラ科に属する常緑低木のことです。基本的な染色工程はテーチ木を細かく砕き、これを煮出した液で数十回揉み込むように染色を行います。ちょうど昔に見られた洗濯板でゴシゴシ洗濯物を洗い込むような感じで着色していきます。そして、自然の泥田んぼで数回漬け込みながら媒染を行います。つまり泥染めの泥とは、テーチ木の色を固着させる為の工程(これを媒染といいます)になります。通常、この媒染工程は鉄イオンやアルミニウムイオンなどを使用しますが、大島紬は泥田んぼの泥を使用します。これは奄美大島の泥田んぼには媒染に必要な鉄分やミネラル成分などが多く含まれており、それ自体が媒染としての効果を発揮するからです。

 テーチ木煎液のタンニン色素と少量のカテキンが、奄美の泥田んぼに含まれる鉄塩類と化合反応し、糸の表面に不溶性の化合物を作り出すことで独特の渋みのある色に染まります。この奇跡の泥田んぼは150万年前からといわれている古代地層の土壌を含んでいるため、豊富な鉄分やミネラル成分が含まれています。また亜熱帯で水場が絶えなかったこと、地形が変化せず環境変化が無かったことなどが、1300年続く伝統染織を築く要素になっているのです。

世界で最も精巧で緻密な手織技術

世界で最も精巧で緻密な手織技術 イメージ

 大島紬が世界三大織の一つとされる大きな要因は「世界に類を見ない精密な手織紋様柄」として認知されているからです。大島紬の定義のひとつに〝平織り〟があります。平織りとは、タテ糸とヨコ糸を交互に浮き沈みさせて織る、最も単純な織物組織です。この平織りで大島紬の紋様柄のような精密で卓越された柄を織ることは、とてつもなく困難でとてつもない技術を必要とします。これには絣糸をつくる締機(しめばた)工程と、図案通り正確に紋様柄を織る機織工程が重要になります。

 〝大島紬は二度織られる〟といわれます。その理由は締機での絣糸をつくる工程にあります。締機とは、予め図案に基づき1本1本の糸に色を付ける為の準備織り工程を意味します。その方法は非常に繊細です。まず糸の色を付けたくない箇所を木綿糸(防染用)で締めて、そのまま泥染めを施し、その後、締めた木綿糸を外すと染まってない部分が白く残ります。白く残った部分へ図案の色にあわせてハケで塗り込みながら着色していき、最終的に1本の絣糸まで戻します。この途方もない作業は全て手作業によって行われ、寸分の狂いもない絣糸が完成します。

世界で最も精巧で緻密な手織技術 イメージ2

 相当な手間隙をかけ完成した絣糸は、伝統工芸士により高機(たかばた。手織り織機)を使用しすべて手織りで織られます。10センチ程織っては、タテ絣糸のズレ1本1本を丹念に針でヨコ絣糸にあわせていきます。最大で約1000本のタテ糸1本1本を図案通りに合わせていきます。まるで小さな点を集めて絵を書くかの様な緻密さです。この気の遠くなる機織り(はたおり)を経て大島紬は織り上がります。

技術や姿勢、それらを支える想いこそ伝統工芸

技術や姿勢、それらを支える想いこそ伝統工芸 イメージ

 今回の1751LABと大島紬との出逢いは「そもそも日本の染織っていつ始まった??」という何気ない疑問からでした。文献によると「日本の染織が具体的な作品をともなって跡付けられるのは西暦600年代後半」で、東大寺や正倉院の献物帳には「南島から褐色紬が献上された」との記録が残されている事が分かりました。これこそが「泥染」のルーツです。「これだ」という思いをチーム全員が抱き「日本最古の伝統染織のこだわり×現代の最新染織の感性」というテーマが決まりました。

 早速、大島紬の泥染伝統工芸士である金井一人さんと息子の金井志人さんを訪問しました。「素晴らしい伝統工芸である大島紬をベースにして、時代を超える物づくりをさせてほしい」という我々の思いに対して、金井志人さんは「伝統工芸とは時代のニーズに対してカタチを変化させるもの。それまで培った技術や姿勢、それらを支える想いこそが伝統工芸といえる」と語り、物づくりがスタートしました。過去には、大島紬の職人の中では若者といえる志人さんの考え方が受け入れられないこともあった中で「自分が次の世代に大島紬を継承していかなければいけない。その為にも、この伝統工芸が多くの人々に触れる機会が必ず必要になる」と強い信念をもって取り組んでおられる姿は、1751LABの時代を超える物づくりの追及という信念と同じものでした。「この人とやりたい」という思いを抱き、その思いは大島紬という伝統工芸がなぜ1300年継承されてきたのかという答えに繋がっていくのではないかと感じました。同時に、我々には計り知れない伝統の重みを背負う職人たちを目の当りにして、圧倒の言葉以外ありませんでした。

技術や姿勢、それらを支える想いこそ伝統工芸 イメージ2

 本来、大島紬では絹糸を使用します。100回以上泥染めを繰り返すことで生まれる〝大島の黒〟は大島紬を象徴するコトバです。1751LABとしての大島の黒への挑戦に加え、綿、レーヨン、テンセル、ウール、カシミアの5つの素材を選び、本来では泥染めしない素材への挑戦もしました。泥染めに必要な素材(染料、媒染材など)は全て自然の物を使用します。その為、目指す品質や色目を均一に出し続けることは不可能に近い作業といえます。伝統的に継承された技術と長年の経験から、その時にあった加減は職人のみが知る境地なのです。その糸で大島紬の古典柄(奄美大島の美しい花、草、樹、貝、蛇、海亀の甲羅、夜空の星などがモチーフの紋様柄)をモチーフに織り上げた生地は、まさに1300年をかけた物づくりであり、時代を超えた生地として自信を持って登場します。